誕生日

 

私は世の中に

たくさんの違和を感じている

 

今日は誕生日について

 

 

「今日は〇〇さんの誕生日です。」

 

まず誕生日の概念が欠如している私

確かに前は嬉しかった

小さい頃は誕生日会もしてた

 

けど正直1日に何人も誕生してて

誰を祝おうかと考えたとき

友達の概念を探ることになる

 

久しぶりに連絡を取るのなら

ほんとにおめでとうと思ってるのか疑問

 

この子には送ってあの子には送ってない

気づかないうちに線を引いてしまう

 

 

そもそも生まれたことはそんなにめでたいのか

生きていることは簡単じゃないし

生きないといけないし死なせてくれない

そんな当たり前にある生を

ちゃんと考えたことがあるのか

 

生まれてきてくれてありがとうと言えるほど

誰かに頼っていられない

 

 

そんなことを考える私はかなりめんどくさい

 

ただ、おめでとうなんて

いくらでも言える世の中で

思ってもいないのに簡単に

口にはしたくないと

ただただ意地をはってるだけなのだけれど

 

 

 

大事にしたいものを大事にしたいだけなの

 

 

 

あなたの目標は?

 

人は目標を立てる。

それは時に夢であるかもしれない。

 

目標を立てると、達成感や生きがいに繋がるし、目標を立てること自体が価値になる人もいるかもしれない。

でもたまにそれがまるで義務であるかのように目標は?夢は?と聞きたがる人がいる。

まるで目標を立てることが当たり前かのように尋ねる人がいる。

 

はたして目標は必要なものだろうか?

これはあくまで私の考えだが、人は生きるために生きているだけだ。ただ生を与えられただけで、ただ考える能力があるだけで、ただ他の生き物よりも心に余裕があるだけで、特に大した理由を持ち合わせているわけではない。

 

別に目標がなくたって生きていけるのだ。

もはや人は誰も人をコントロールできない。

私は自分すらコントロールできない。

 

 

私の目標は生きたいように生きること。

やりたいことがあるうちはやればいいし、なくなったら寝てればいい。

 

結婚もしたいと思ってない。したくなったらすればいいけど今はしたくない。

今の時代、結婚したって幸せになれるとは限らない。逆に言えば、結婚する以上に幸せになるための選択肢が増えているから、もっと幸せになる方法がある。

 

今もそしてこれからも変わっていく時代において、今までの生き方が正解とは限らない。

社会の常識はそう簡単には変わらないけど、それに翻弄される必要はないのだ。

 

実は今の世界は結構自由に生きることができる。

 

 

あなたの目標はなんですか?

 

 

こだわりはない

 

3年で未来は変えられる

 

5分で未来は変えられる

 

 

 

逆に言えば、

未来を変えるのに時間は必要ない

 

 

必要なのは

未来を変えるという思いと自分が変わる勇気

 

 

 

 

人間は基本的には慣れる生き物で

生き残るためには慣れないといけなくて

極力変化を避けたがる

 

自己防衛本能である

 

 

それは大人になればなるほど強くなる

痛みや悲しみ辛さや挫折を味わって恐怖を知る

 

 

変わることは怖い

日常は安心する

そんなのは誰だってそうで

誰だって変わりたいとは思ってるはずで

そこからえいと踏み出せるか踏み出せないかが大きな分かれ目になるのだと思う

 

 

勇気を出すのか

何も考えず 身を投げだすのか

色々考えてやめてしまうのか

考えた上で決心するのか

 

踏み出した人を

羨ましがるのか

尊敬するのか

妬むのか

悔しがるのか

 

 

 

人生、何が勝ちとか負けとかはないけれど、

変わり続けることができる人が強いのは間違いない。

 

 

戻る道もある

 

 

競い合うことは大切

高め合うことができればそれはいいこと

 

でもそれはあくまで同じ方向を向いているとき

赤の他人と比べる必要はない

 

 

みんなが目指すところが自分の目指すところとは限らない

 

開いている道を突き進めるのは限られた人

 

進めないならば開けばいい

 

開くのは簡単ではないかもしれないけど自分だけの道

失敗も成功も全て自分のものでいい

 

 

 

見失いがち

 

 

革新的な働き方をしているデザイン事務所はないのか

 

革新的な会社のオフィスをデザインを革新的のかの字すら分からない人たちがなにをデザインできるのだろうか

 

 

会社として安定するため、社員に給料を払うため、仕事を取り続け、朝から深夜まで働き、自分たちはずっと変わらないまま

 

目を背けているのか、考えていないのか、変わるのがこわいのか、ただ満足しているのか

 

 

デザインは求められてる

依頼はもちろんき続けるだろう

 

でもそんな人たちがしてるのはデザインじゃないんじゃないか

 

 

デザインは廃るかもしれない、流行は変わるかもしれない、もてはやされるのは一時かもしれない

 

プロジェクトを進めるためには期限があって、死ぬほど考えようが、実際やってみようが、ただ机で手だけを動かしていようが、デザインは決まっていく

 

育てる余裕もなく、新卒社員に仕事を投げる

確かに成長するかもしれない

荒波に揉まれながらノウハウを身につけていく

 

でもそのプロジェクトは本当にデザインしきったものになりうるだろうか?

 

 

 

天才的な建築家でさえ、デザインを生み出す時はうんと苦労するだろうことは新卒社員にだって分かる

 

何十年とデザインと向き合ってきたプロたちですら悩んで悩んで決めることを何も知らない新卒社員に任せれば、今まで得てきた知識や感性でデザインするしかない

 

いくら監督していようが、新卒社員には到底分からないことだらけだろう

 

授業課題なら、教えずに苦労させても成長するし、誰にも迷惑はかからない

 

しかし実際お金が発生する仕事として引き受けていて、会社の代表として監督している以上、持っているものや出すものには責任をもつべき

 

 

 

線路を引かずとも明かりとなれば、導くことができ、目指すことができる

 

ただ真っ暗の中もがくのには、何も知らなすぎる

手の使い方目の使い方鼻の使い方、ましてや足の使い方すら知らない

 

放っておいて育つのには時間が必要になる

 

 

 

 

 放っておかれたり導かれたりするよりも

一緒に作っていく、変わっていくことができる会社がいい

 

 

口で言うのは簡単で、実際に作るのは難しいかもしれないけどそこをデザインするのがデザイナーだと思う

 

デザイナーは働き方をデザインし、

建築家は働き方をデザインすべきではないか

 

 

人生は働くことじゃない

働くことは人生のたった一部にすぎない

 

 

 

デザイナーは自分の人生をデザインし、

それを自分のデザインとして社会に示す、

自身の事務所に示す、クライアントに示すべきではないか

 

そんな人から出てくるデザインはきっと素敵なものになり得る

 

 

諦めではない悟り

 

 

 

自分が何かの道で、全然できないと思ったり、

上がいすぎてダメだと思ったら、ただ単純に他の道を探せばいいと思う。

 

誰一人として同じことをする必要はないし、この人はこれをやっているって分かりづらくたっていい。

 

 

その道を極めることも必要だし、辞めることが必ずしも正しいとは限らない。

 

ただ、

 

思考や視野を変えたり、ちょっと進路を変えるだけで違う道と言えるのも確かで、自分にしか出せないところ、自分の方が得意なところが少しでもあればそれは誰にも真似できないものになり得る。

 

 

時には振り返ることも大切だし、よそ見したり寄り道したりすることも必要な要素だと思う。

 

 

そういった息抜きのようなもの、心のゆとりのようなものがないと豊かに暮らせない気がする。

 

ゆとりやさとりが日本人が豊かになろうとしてる証拠だといい。

 

 

 

 

 

視野の外側

 

 

人生において大事なのはマイペースであることだと思う

 

 

自己中とか人を振り回すという意味ではなくて自分の考え方を貫くこと

 

 

 日本人は嫌でも空気を読んでしまうけど

そんなものに縛られて自分の人生を生きられないなんてアホだと思わないか

 

 

他人に縛られて生きて何が楽しいのか

 

 

何がしたいのかどう生きたいのか

誰にどう思われようと自分の人生なんだからそれを1番に考えるべきであると思う

 

日本人は自分の人生を生きようとしない

決断できない人が多い

 

幼稚園に入れられ、義務教育で学校に通わされ、空気を読んで大学に行き、面接を受けて内定が出るのをただ待つ。

 

ほぼ決断をして生きていない。

 

選択しているだけ。何も経験していない人生の中から。

 

 

 

世界は自分の知識の外側に存在するものだ。